1969
7月 2020
あなたのすべてを~佐々木勉
現在の東京都杉並区荻窪で生まれ[1]、幼少期にバイオリンを習い音楽に親しむ[1]。
成城学園高校在学中にラジオ番組「素人ジャズのど自慢」で日本一となり[1]、バンド「カントリー・ケーパーズ」を結成し米軍キャンプを巡る[1]。成城大学に入学後、「小坂一也とワゴン・マスターズ」に参加[1]。大学卒業後は証券会社や広告代理店に勤務する傍ら作曲活動を行う[1]。
1964年、清原タケシの「夜空の星(後に「星に祈りを」と改題)」の作詞・作曲で作家デビュー[1]。その後、「いつまでもいつまでも」(ザ・サベージ)や「星に祈りを」(ザ・ブロード・サイド・フォー)を初めとする作品で世に知られるようになる。
1967年、カレッジ・フォーク系のソングライターとしてホリ・プロダクションに所属[1]、自身も「あなたのすべてを」で歌手(シンガーソングライター)としてデビューを果たす[1]。
1973年、東京音楽出版に音楽プロデューサーとして入社し作曲家活動を行う[1]。「夏のお嬢さん」(榊原郁恵)などのアイドル系歌謡曲、「別れても好きな人」「3年目の浮気」などのムード歌謡、或いは『魔法のプリンセス ミンキーモモ』主題歌などのアニメソングまで幅広いジャンルの楽曲を手掛けた。
バラが咲いた
1960
よいとまけの唄
1965
五つの赤い風船~悲しい街角
1970年の曲です~この頃大学受験を控えている頃、深夜ラジオで一回だけ聞きいて何故か一番だけの歌詞だけが頭にの残りうろ覚えで一番の歌詞の前半だけ近所の近所の天下茶公園を散歩しながら何回も口ずさんでいました。今聴くと歌謡曲みたいで覚えていた曲調と違う感じで、2番以降の歌詞はまったく記憶にありません・・勝手にアレンジしていたようです。
五つの赤い風船で初めて買ったレコードは「母の生まれた街」でした。親が転勤族だったので「街を出る」とか「さすらい」との言葉に反応してました。「ふる里の言葉は」も心に滲みました。
音楽広場について
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