ザ・ダーツ(「ケメ子の歌」、1968年2月1日発売、日本コロムビア)と、ザ・ジャイアンツ(「ケメ子の唄」、1968年1月25日発売、ビクターレコード)デビューシングルとして競作でシングル盤が発売。ザ・ダーツ盤がオリコンチャート2位(累計売上60万枚[1])、ザ・ジャイアンツ盤がオリコンチャート6位を記録した。
ザ・ダーツは、京都府立朱雀高校に入学した土森勝則、原田和夫、橋本謙次の三名によって結成されたウエスタンのインストバンドだった。1996年京都のカレッジアン・クラブに所属。同年12月、同クラブの主催するコンサートで “ザ・ワイルド・ワンズ” と初共演が刺激となり土森勝則がヴォーカルを担当するようになっていった。たまたま他のグループが演奏していた「ケメ子の歌」を取り入れ、練習を開始。
その後、毎日放送「歌え、MBS・ヤング・タウン」に出演する機会に恵まれ、「ケメ子の歌」を披露。それが大反響を呼び、急遽コロンビアからレコーディングされ、1968年2月1日、レコードデビューを果たした。
もっとも競作で先に日本ビクターにて1月25日 “ザ・ジャイアンツ” からリリースされた「ケメ子の唄」が本命視されていたが、”ザ・ジャイアンツ盤” はオリコンチャート6位に対し、”ザ・ダーツ盤” がオリコンチャート2位という快挙を遂げ、華々しくデビューを飾った。1969年夏に解散した。~引用ブログ団塊世代の思い出
ジャイアンツ版→https://youtu.be/hMm0z57Odsk