8月 2020

All Of Me 1931

1931年 ジェラルド・マークス・セイモア・シモンズ共作

曲が誕生した翌年の1932年に、ルイ・アームストロングが歌ってビルボード・チャートのトップを飾るという大ヒットとなったほか、人気女優ジョーン・ベネットが主演した映画『ケアレス・レディー(Careless Lady)』で使われたことなどもあって瞬くうちに広まりました。曲の誕生から20年後の1952年にはフランク・シナトラが映画『ダニー・ウィルソン物語(Meet Danny Wilson)』の劇中で歌い、ふたたび注目を浴びることとなります。

https://youtu.be/r1ot4LzY4zk

初めて歌ったのは、ベルベイカーというユダヤ系の女性でした。デトロイトの劇場で歌った時、彼女は歌い終わったあとステージで泣き崩れました。歌の詞から亡くなった脚本家であるパートナーの突然の死という自分の現実と重なったからです。ラジオで中継されていて、その臨場感あふれる様子が伝わり反響をよびました。

https://youtu.be/uTtkaaIyEuI

最初にレコーディングしたのは、ルース・エッティングです。彼女は1897年、ネブラスカ州生まれのルース・エッティングは、17歳の時に シカゴに移り住み、アート・スクールに通いながら夜はナイトクラブで歌い 踊る仕事をしていました。
 25歳の時に、ギャングのマーティン・スナイダーに惚れこまれ、スナイダー のプロモーションのお陰で(当時のショー・ビジネス界は、ギャングがかなり 仕切っていたようです)ラジオにまで活動の幅を広げ、コロンビアレコードと 契約、後にはブロードウェイの舞台や映画でも活躍し、トーチソングの女王 とも呼ばれる様になった人です。 

https://youtu.be/Sz_zeJM-5-A

しかし、マーティン・スナイダーという相手がいながら、ピアニストと恋仲に なって揉めたり、いろいろ波乱の人生を歩んだ様で、その半生は、1955年 の、ドリス・ディ主演の映画「情欲の悪魔」で描かれています。 ルース・エッティングは、ちゃんとヴァースから歌っており、その歌を聴くと、 ジャズヴォーカリスとは一味違い、より哀愁の濃い内容に仕上がっているのが 分かります。引用~ギターを背負ったへっぽこライダー

Night and Day 1932

コール・ポーター作詞・作曲。1932年ミュージカル『陽気な離婚』のために書きおろされ、フレッド・アステアが初演した。後にレコード化されて、全米1位のヒット作となった。2年後『陽気な離婚』が『コンチネンタル』として映画化されたときにも、舞台版に用いられたポーターの曲の大半がカットされる中、本曲のみは映画に引き継がれた。以後、ポーターの作曲家人生を代表する作品として知られ、1946年に彼の評伝映画が作られた際には、そのタイトルになっている。

https://youtu.be/D8zHylVk7S0
https://youtu.be/-KFZYwTljAw

https://youtu.be/bmGm-Ldy1VY
https://youtu.be/OaZdj1ZgiP4

Lover Man 1941

兵役に服してた際にJames Edward DavisBillie Holiday送ったファンレターが元になった曲らしいです。

なんだろう、とても悲しい気分がする
何かやらなきゃ、とそわそわし始める
淋しいわよ、キスしたことないなんて
私を愛してくれる人はどこにいるの?

夜は寒く、私はまったくの独りぼっち
「貴方は私のもの」って言ってみたい
空に月はあっても、愛する人はいない
私を愛してくれる人はどこにいるの?

恋のときめきは天国にいる夢のようだ
みんな、そんなふうに言っているのよ
だから、お祈りしながらお布団に入る
「貴方が私を愛してくれますように」
相手もいないのにホント、バカみたい

いつの日かその人が現れ私の涙を拭き
耳元に優しい言葉を囁いてくれるはず
きっと抱きしめ口づけしてくれるはず
その人は一体いま、どこにいるのよ?

知らんがな。妄想たくましいお嬢さんの、恋に恋する歌。空を見上げても、空にあるのはお月さまだけ。そりゃあそうでしょう。「恋人」は空から落ちてくるものではありません。地面を歩いてるものだから、ちゃんと地上に目を向けなきゃ。
ビリー・ホリディのヒット曲。話は一通のファンレターから始まる。ビリー宛に、陸軍に入隊したばかりの若い兵士ジミー・デイヴィスから手紙が届き、そこにこの詩が書かれていた。ビリーはいたく気に入り曲を整え、レコードにしようとしたが時は戦時中。どこもレコード化を引き受けてくれない。やっと1944年にデッカからゴーサインが出てレコードが完成したときには、ジミー・デイヴィスはすでにヨーロッパ戦線で戦死していたと言う。そんな悲しい歌。 引用~W&R : Jazzと読書の日々

美しい旋律なのに暗い雰囲気、ちょっと古いバーでLPで聞くのにピッタリの曲です。

Recado Bossa Nova (The Gift) 1959

Recado Bossa Nova (The Gift)は、ブラジルのジャルマ・フェヘイラ(Djalma Ferreira)が1959年に作曲、ルイス・アントニオ Luiz Antonio作詞したボサノヴァの曲で、ジャズのスタンダードナンバーとしても有名です。 英詩はポール・フランスィス・ウェブスター Paul Francis Websterが付けました。

日本では、テレビCMでイーディ・ゴーメが歌ったものがリヴァイヴァル・ヒットし、有名な曲になりました。哀愁あるナイナーのメロディが日本人の心をくすぐったのでしょう。

https://youtu.be/9dj2FJidaSI?list=TLPQMjAwODIwMjBC0gXWD1pMHQ

「RECADOレカード」というのは「手紙、伝達、伝言、便り」などなどの意味です。原詩では、未練を残しつつ別れてしまった相手へ思いしを綴りつつも「別れるのが運命だったんだ」「そしてこの歌が、私の心からのメッセージ』どという悲哀が滲む歌です。英語訳では「いかなる贈り物よりも、愛が最も尊い」という内容になっています。

Catch the wind 1965 DONOVAN

ドノヴァンDonovan)は、スコットランド出身のミュージシャンシンガーソングライターボブ・ディランらと共に代表する、フォークロックの草創期から活動するアーティストの一人。

https://youtu.be/J8hjEYTpwE8

原題の吟遊詩人と言われていました。針が擦り切れるほど聴きました。

https://youtu.be/K5bdJPvrbOw

加藤和彦はドノバンと呼ばれることがありました。

https://youtu.be/bb3WpOJvsug

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