◆唱歌・抒情歌

赤い靴

大正10 作詞 野口雨情 作曲 本居長世

 詞は大正10年(1921)、『小学女生』という雑誌に掲載されました。翌年、本居長世が曲をつけ、その娘・貴美子の歌で発表されました。

• 野口雨情の詞には、モデルがいます。静岡県生まれの「岩崎きみ」という女の子で、母親が北海道の開拓地に入植するため、アメリカ人の宣教師に養女として預けられたのです。
きみは結核にかかり、9歳で亡くなってしまったため、実際にはアメリカには行っていません。東京の青山墓地に彼女の墓があります。あまりに幸薄く、はかない一生でした。 • この歌が有名になってから、静岡県日本平に「親子の像」、横浜の山下公園に「赤い靴はいてた女の子」の像が建てられました。
*これについての詳しい説明は、「麻布十番商店街」のホームページの中にあります。

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comment 1件

  1. 3、4歳の頃でしょうか。
    私の大好きな祖父が、赤い靴と青い目の人形の歌をよく歌ってくれました。
    歌詞に異人さんとか、アメリカ生まれのとか出てくるので、歌を聴いて外国の事を思っていました。
    この頃、祖父が飛行機で、東京へよく行っていたので、その事も重なって外国をイメージしたのだと思います。
    優しくて、お洒落で、ピアノも弾いてくれた大好きだったおじいちゃんを今でもよく思い出します。

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