「旅の夜風」(たびのよかぜ)は、松竹映画「愛染かつら」の主題歌でもあり、当時としては80万枚を超す驚異的なヒットを飛ばした歌であった[1]。
津村病院創立二十五周年祝賀の日、看護婦高石かつ枝は余興に歌を歌った。伴奏は津村病院長の長男津村浩三で、これが縁で浩三とかつ枝はたびたび会うようになった。浩三はかつ技に結婚を申し込んだが、かつ枝には亡夫との間に敏子という子供があるためと身分の相違とを思いあわせてためらっていた。だが、誠実な浩三の熱意にうたれたかつ枝は、愛染堂の桂の木の下で堅い愛の誓を交わした。しかしこのことは、名門・中田病院の令嬢と浩三を結婚させようとしていた家族の大反対にあう。一番強く反対するのは浩三の妹・竹子で、彼女はかつ枝を罵倒した。窮地の二人は、浩三の先輩服部を訪ねて京都に身を隠そうとした。その当日、敏子が急病に倒れたためかつ枝は約束の場所に行けなくなった。
一人京都へ向った浩三は、服部の世話で大学の研究室で働くようになる。服部の妹美也子は浩三に惹かれるものを感じ、何かと世話を焼く。数日してかつ枝が服部の家を訪れた。応対に出た服部は、かつ枝を誤解しているため浩三の居場所を教えなかった。後日、かつ枝が訪れたことを知らされた浩三は急拠帰京し、かつ枝のアパートを訪ねた浩三は、彼女に敏子という子供があることを知って会わずに帰った。数カ月が経過した。浩三は病院に帰り、竹子の圧力でかつ枝は病院から姿を消していた。
そんなある日、新聞に「白衣の天使よりレコード歌手へ」という見出しで、かつ枝が自作の歌の発表会を歌舞伎座で行うということが報じられていた。津村病院の看護婦たちは応援しようとするが、裏切られたと思い込んでいる浩三は、看護婦の外出許可を出さない。だが、かつ枝の同僚・峯沢、若井から彼女の立場と事情を説明されて、すべてを了解した浩三は、看護婦達全員に外出許可を与えた。発表会は盛会だった。楽屋にかけつけた浩三に、かつ枝はだまってうなずくだけであった。--翌日、愛染堂の前にぬかずく浩三、かつ枝、敏子の姿が見られた。
- 愛染かつら 前篇・後篇(1938年公開、松竹製作)